2016年01月30日
結婚してからも・・海三昧
阪神大震災の少し前、東京に戻りました。その翌年に結婚しましたが、当時の家内は一切私の行動に口を出さなかったので、すぐに子供ができたにもかかわらず、平日は夜遅くまで仕事、土日のどちらかはヨットの練習といった生活をしていました。
そして2番目の子供ができたころ、再び大阪への異動を命じられます。まず、真っ先に北港ヨットハーバーに行くと、私の所属していたヨットは事情があり解散してしまっていましたが、他のオーナー達が暖かく迎えてくれました。
このころ、同じ会社の同年代のヨット仲間が関西に何人も赴任してきていました。30代はヨット界では若者です。気の合った仲間たちと毎週、海に出てレースやクルージングに出かけます。

震災のあとできた新西宮ヨットハーバーは、社宅からも近く、夏などは金曜日、会社が終わってからサンセットクルーズなどといって海に出たり、週末は会社の仲間を呼んでバーベキュー、ビールやワインを満載して神戸の花火大会を海上から見にいったりしていました。

その後、東京へ戻りましたが、関西のヨットが忘れられずに、GWに北港から屋久島までや鹿児島~五島列島までの九州クルージングなど何度も大阪の仲間の元に帰りました。30代はとても充実していましたが、まさか、これから40代に入り「引きこもり」になるとは夢にも思っていませんでした。


そして2番目の子供ができたころ、再び大阪への異動を命じられます。まず、真っ先に北港ヨットハーバーに行くと、私の所属していたヨットは事情があり解散してしまっていましたが、他のオーナー達が暖かく迎えてくれました。
このころ、同じ会社の同年代のヨット仲間が関西に何人も赴任してきていました。30代はヨット界では若者です。気の合った仲間たちと毎週、海に出てレースやクルージングに出かけます。
震災のあとできた新西宮ヨットハーバーは、社宅からも近く、夏などは金曜日、会社が終わってからサンセットクルーズなどといって海に出たり、週末は会社の仲間を呼んでバーベキュー、ビールやワインを満載して神戸の花火大会を海上から見にいったりしていました。
その後、東京へ戻りましたが、関西のヨットが忘れられずに、GWに北港から屋久島までや鹿児島~五島列島までの九州クルージングなど何度も大阪の仲間の元に帰りました。30代はとても充実していましたが、まさか、これから40代に入り「引きこもり」になるとは夢にも思っていませんでした。


2016年01月23日
海との出会い~
寒くて暇なので、写真の整理をしてたら、海の写真ばかり・・・。
少し過去を振り返ってみます。
海との関わりはじめは、大学のヨット部でした。
きっかけは詐欺のような勧誘です。「練習は楽だし、女の子にももてるよ。一回、合宿所に見に来て。」今考えればそんなうまい話があるわけないのですが、「女の子にもてるよ」の一言で引っかかってしまいました。
何も持たずに合宿所に行ったら、そのまま入部扱いとなり抜けられなくなりました。これが、海との出会いです。
卒業の時には、バブル真っ盛りで実業団のヨットが花盛りでした。会社もヨット部の強い会社を選び(というよりは、先輩に有無を言わさず入れられてしまい)平日は仕事、土日は合宿でヨットの練習。20代前半は、ヨットレースに明け暮れた毎日でした。
25歳、初めての転勤で神戸に赴任。ヨットを取り上げられた形で、飲んだくれていたら、その飲み屋のお姉ちゃんが「私の知り合いにヨット持っている人がいるから紹介してあげる。」若いというのは恐ろしいものです。迷わずついて行きました。
大阪北港ヨットハーバーの28フィートのヤマハのヨット。月に数回のクラブレースではオーナー達がビールをかけて熱き戦いを繰り広げていましたが、若者はほとんどいなかったので、本当に可愛がってもらいました。週末、練習もレースもなくても一人でヨットの上で寝ているといろんな船から声がかかります。「今から淡路島に行くけど、乗る?」「バーベキューやるからおいでよ」
土日のほとんどを北港にいていろんな船に寝泊まり。連休には、船団を組んで瀬戸内海の島々を巡ったり、徳島に回航して阿波踊りヨットレースに出たり・・・海と仲間と音楽とビール、週末の至福の時は2年半続きました。
阿波踊りヨットレース

少し過去を振り返ってみます。
海との関わりはじめは、大学のヨット部でした。
きっかけは詐欺のような勧誘です。「練習は楽だし、女の子にももてるよ。一回、合宿所に見に来て。」今考えればそんなうまい話があるわけないのですが、「女の子にもてるよ」の一言で引っかかってしまいました。
何も持たずに合宿所に行ったら、そのまま入部扱いとなり抜けられなくなりました。これが、海との出会いです。
卒業の時には、バブル真っ盛りで実業団のヨットが花盛りでした。会社もヨット部の強い会社を選び(というよりは、先輩に有無を言わさず入れられてしまい)平日は仕事、土日は合宿でヨットの練習。20代前半は、ヨットレースに明け暮れた毎日でした。
25歳、初めての転勤で神戸に赴任。ヨットを取り上げられた形で、飲んだくれていたら、その飲み屋のお姉ちゃんが「私の知り合いにヨット持っている人がいるから紹介してあげる。」若いというのは恐ろしいものです。迷わずついて行きました。
大阪北港ヨットハーバーの28フィートのヤマハのヨット。月に数回のクラブレースではオーナー達がビールをかけて熱き戦いを繰り広げていましたが、若者はほとんどいなかったので、本当に可愛がってもらいました。週末、練習もレースもなくても一人でヨットの上で寝ているといろんな船から声がかかります。「今から淡路島に行くけど、乗る?」「バーベキューやるからおいでよ」
土日のほとんどを北港にいていろんな船に寝泊まり。連休には、船団を組んで瀬戸内海の島々を巡ったり、徳島に回航して阿波踊りヨットレースに出たり・・・海と仲間と音楽とビール、週末の至福の時は2年半続きました。
阿波踊りヨットレース
2016年01月11日
海への準備~ソロキャン~車中泊?
年も明けたので、3月に海に行く準備を早々に始めました。
昨年の10月にパドルを流してしまっていたので、千葉にあるカヤックショップに行って買ってきました。今度は流さないようにラインもセットで。ついでにウエットブーツも。

パドルのことは良くわからないので、235cmのを買いましたが、なんか、純正のものより短いような気が・・・。ま、いっか。普段は使わないし。
それよりも、昨年からずっと、やってみたかったことがあります。「海から帰ってきて浜辺で夕日を見ながらビールを飲むこと」
ホームビーチの和田長浜から千葉の自宅まで車で1時間半かかるので、海から上がるとビール目がけて一目散に帰っていました。でも本当は、海の上や浜で「至福の時間」を過ごしたいのです。
テントを購入して「ソロキャン」をしようかとも考えましたが、私のメインテーマは「海とビール」なので、設営や撤収が面倒そうなソロキャンはちょっと・・・。そもそもドップり遊ぶよりサクッと遊んで帰りたい派。更に、プリウスは浜に入れないし、アドベンチャーアイランドのグッズだけでも相当いっぱいです。
そこでネットでいろいろ調べてみると、「車中泊」という言葉にぶつかりました。さらにプリウスで車中泊の旅をしている人もいるようです。これはいいかも!こんな本もありました。

車中泊のためには、車窓のカーテンや、マットなども必要なようですが、ハードルは低そう。
「海で音楽を聴きながら夕日でビール」考えるだけで楽しい!この妄想だけで、あと2か月暮らせそうです。
昨年の10月にパドルを流してしまっていたので、千葉にあるカヤックショップに行って買ってきました。今度は流さないようにラインもセットで。ついでにウエットブーツも。

パドルのことは良くわからないので、235cmのを買いましたが、なんか、純正のものより短いような気が・・・。ま、いっか。普段は使わないし。
それよりも、昨年からずっと、やってみたかったことがあります。「海から帰ってきて浜辺で夕日を見ながらビールを飲むこと」
ホームビーチの和田長浜から千葉の自宅まで車で1時間半かかるので、海から上がるとビール目がけて一目散に帰っていました。でも本当は、海の上や浜で「至福の時間」を過ごしたいのです。
テントを購入して「ソロキャン」をしようかとも考えましたが、私のメインテーマは「海とビール」なので、設営や撤収が面倒そうなソロキャンはちょっと・・・。そもそもドップり遊ぶよりサクッと遊んで帰りたい派。更に、プリウスは浜に入れないし、アドベンチャーアイランドのグッズだけでも相当いっぱいです。
そこでネットでいろいろ調べてみると、「車中泊」という言葉にぶつかりました。さらにプリウスで車中泊の旅をしている人もいるようです。これはいいかも!こんな本もありました。

車中泊のためには、車窓のカーテンや、マットなども必要なようですが、ハードルは低そう。
「海で音楽を聴きながら夕日でビール」考えるだけで楽しい!この妄想だけで、あと2か月暮らせそうです。